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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)9577号 判決 1960年12月14日

被告 足利銀行東京支店

事実

原告辻義三郎は請求原因として、訴外株式会社浜村商店は、被告足利銀行東京支店に対し、四口合計金百六十万円の定期預金債権を有していた。一方原告は、株式会社浜村商店に対し弁済期を昭和三十二年九月二十七日とする金百八十万円の貸金債権を有し、これにつき執行力ある公正証書を有していたので、右公正証書の執行力ある正本に基いて昭和三十二年十月七日東京地方裁判所に対し株式会社浜村商店が被告銀行に対して有する前記定期預金債権につき債権差押並びに転付命令を申請し、同裁判所は同日債権差押並びに転付命令を発し、右命令は昭和三十二年十月七日第三債務者である被告に、同月十一日債務者である株式会社浜村商店に送達された。よつて原告は被告に対し、右定期預金債権合計金百六十万円及びこれに対する完済までの遅延損害金の支払を求める、と述べ、再抗弁として、被告は、浜村商店代表者浜村鉄太郎を昭和三十二年十月七日午前中に呼び出し、同人との間に本件定期預金債務を解約し、これを被告の主張する貸金債権若しくは手形買戻請求権に充当し、或いは右貸金債権若しくは手形買戻請求権を以て本件定期預金債権を相殺する旨の契約をなしたから転付命令が被告に送達されたときは本件定期預金債権は消滅していたと主張するけれども、転付命令送達前に本件定期預金債権につき解約若しくは相殺契約等の手続が行なわれなかつたことは明らかである、と主張した。

被告株式会社足利銀行は抗弁として、本件定期預金債権については譲渡禁止の特約があり、原告は、本件差押並びに転付命令を申請する当時右特約のあることを知つていたのであるから、右差押並びに転付命令によつて右定期預金債権を取得することはできない。

被告は株式会社浜村商店と昭和二十三年頃から取引を開始し、昭和二十九年七月二十八日あらためて取引約定書を取り交わして取引を継続していたものであるところ、昭和三十二年七月十五日から同年十月四日までの間に浜村商店の依頼により同店に対し手形二十四通について手形割引をしたが、右取引約定書の趣旨と商慣習によつて右手形割引により被告と浜村商店との間にその都度消費貸借契約が成立し、浜村商店は被告に対し右手形二十四通の手形金額につき貸金債務を負担した。しかして、浜村商店は、右貸金債務及び手形上の債務並びにその他一切の現在及び将来の債務の担保として本件定期預金債権に質権を設定し、右定期預金債権証書四通に予め定期預金元金及び利息を受領した旨の受領印を押捺してこれらを預金担保差入証と共に被告に差し入れた。ところが、浜村商店はその振出に係る金額五万円及び十四万円の約束手形二通について何れも満期に支払をすることができず、被告は、昭和三十二年十月五日正午右事実を知つたので直ちに浜村商店に右金額五万円の約束手形の支払の請求をしたが同商店は支払を拒絶した。右支払拒絶は、前記取引約定書第二条の「拙者が貴行に対する債務の一部又は全部を履行せざるとき若しくは不履行の情況ありと御認相成候とき又は本契約書所定の義務を履行せざるときは拙者は貴行に対する総ての債務につき期限の利益を失うものとし、貴行は拙者に何ら通知の手続をなさず直ちに担保物件の全部又は一部を処分し債務の支払に充当せられ候とも異議無之候」なる旨の定めの場合に該当するから、浜村商店は、右貸金債務につき直ちに期限の利益を失い、被告は、本件定期預金債権につき質権の実行をなし得る状態となつた。しかして、浜村商店は、右金五万円の手形を買い戻し得る期限である十月七日午前十一時を経過してもその買戻をしなかつたので、被告は本件定期預金契約を解約し、本件定期預金債権を取得して浜村商店に対する前記貸金債権の一部の弁済に充当する手続をすると共に、同七日午前中浜村商店代表者浜村鉄太郎を被告銀行東京支店に呼び出して右手続をすることを告げ、浜村鉄太郎はこれを承諾した。このようにして右手続は同七日正午までに一切を完了したが、被告が本件差押並びに転付命令の送達を受けたのは同七日午後四時であるから右転付命令の送達以前に本件定期預金債権は前記手続により消滅している。

仮りに被告が本件定期預金債権につき質権を持つていなかつたとしても、取引約定書第八条には「第二条に該当する場合においては拙者の貴行に対する預金その他の債権は総べて弁済期に至りたるものとし拙者の債務と相殺相成候とも異議無之候との定めがあるから、浜村商店の前記支払拒絶により、被告は浜村商店に対する前記貸金債権を以て本件定期預金債権を相殺し得る状態となつた。ところで、前項記載の十月七日午前中の被告銀行と浜村鉄太郎との間の合意は、被告が右第八条の定めに則り浜村商店との間に相殺契約と締結したことになるから、これによつて本件定期預金債権は消滅した。

以上何れの理由よりしても、原告の被告銀行に対する請求は失当であるから、原告の本訴請求は棄却さるべきものである、と主張した。

理由

被告は、本件定期預金債権には譲渡禁止の特約があり、原告は、本件差押並びに転付命令申請当時右特約のあることを知つていたのであるから、右差押並びに転付命令によつて右定期預金債権を取得することはできない旨抗弁するので考えるのに、証拠によれば、被告は、昭和二十三年頃から浜村商店と当座取引及び手形取引を開始し、昭和二十九年七月二十八日別紙(省略)取引約定書を取り交わして取引を継続していたものであるが、昭和三十二年十月四日までに浜村商店の依頼により同店に対し割引をした手形のうち満期に至らない手形は本件二十四通であつたこと、被告は、このような取引を開始するに当り取引のよつて生じる被告の現在及び将来の債権の担保として顧客をして被告に定期預金または歩積預金をなさしめるのが例であつて、多くの場合、手形取引においては手形割引をする都度一定率の歩積預金をなさしめ、それが一定額に達したときは定期預金に切り換えてこれを担保として被告に提供せしめ、満期毎に定期預金契約を更新して引き続いてこれを担保として提供せしめて万一の場合の危険を防ぐ方法としていたこと、本件定期預金債権四口は何れも右の目的で浜村商店が被告に預け入れたものであつて、それ以外の用途に使用するためのものではなかつたこと、本件定期預金債権の各定期預金証書は、予め浜村商店の元利金受領印をその裏面に得て預金担保差入証と共に被告に差入れられていたこと、各定期預金証書の裏面には「この預金は当行の承諾なくして譲渡又は質入することはできません」という文言の記載があること、以上の事実をそれぞれ認めることができる。右認定によれば、本件定期預金債権四口につき何れも譲渡禁止の特約があつたことは明らかである。

次に、他の証拠によれば、原告は、浜村商店代表者浜村鉄太郎とは昭和十六、七年頃から知合で眤懇であり、同店に対しその創立当時から金融をなし、同店の帳簿も自由に見ることができるほどであつたのみならず、昭和二十九年九月二十一日より昭和三十年二月五日まで同店の取締役に就任していたこと、原告は会社重役として銀行取引にも通じていること、をそれぞれ認めることができる。右認定によれば、原告は、本件差押並びに転付命令申請当時本件定期預金債権四口に譲渡禁止の特約があつた事実を知悉していたものと推認することができる。

ところで、債権の差押並びに転付命令は、譲渡禁止の特約の存在を知悉しながらこれを差押え転付命令を得た者に対しては債権転付の効力を生じないものと解すべきである。

してみると、被告の右抗弁は理由があるから、本件定期預金債権四口合計金百六十万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める原告の請求は失当である。

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